ビートルズ来日秘話 35000人の警察官機動隊員 ジョン&ポール

ジョンレノン・ポールマッカートニー・ジョージハリスン・リンゴスターの4人組の伝説のスーパーバンド!

1965年、昭和41年6月29日ビートルズが初来日。
国賓並みの税関はフリーパスで、なんと警察官・機動隊員35000名が警備のために動員されました。
アーティストの警備に35000名の警察官、機動隊員が動員されるなんて聞いた事がないですよね。

昭和41年といえば50年、半世紀前です。
この年に日本は人口が1億人を突破しました。
グリコのポッキー、亀田製菓のピーナツ入り柿の種、が発売さてたのもこの年です。
ポッキーと柿の種は50年も作っているんですね。

ビートルズ来日公演は、3日間で5回の公演。
1公演11曲の演奏で公演時間は35分間。
前座で、内田裕也、尾藤イサオ、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、ザ・ドリフターズが出演。
(内田裕也は俳優本木雅弘の義父、ザ・ドリフターズはカトチャンこと加藤茶)

8年間の活動で210の楽曲を作り、10億枚以上のセールスを記録しています。
ミュージック界の伝説グループです。
現代音楽を作ったと言っても過言ではありません。
イエスタディ、レット・イット・ビー、ヘイジュードなどは誰もが知っている名曲です。

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初来日公演中は外部との接触は一切無く、公演以外はホテルから一歩も出ていない、とされていました。

しかし、音楽評論家の湯川れい子さん話では・・・

ポールマッカートニーは皇居で写真を取っていました。
ジョンレノンは原宿の骨董屋で骨董品を爆買いしていました。

湯川さんは当時ビートルズ特集を作るために、彼らに接触を試みるも答えはNG。
そこで敏腕プロモーターの永島達司さんに接触を依頼。
彼らにちょつとしたお土産を渡すという口実で接触に成功。

永島達司さんはビートルズ来日を実現させた伝説のプロモーターで、「ポール・マッカートニーが最も信頼した日本人」と言われた人物。
湯川さんは1枚だけ写真を取っても良いと言われ、リンゴスターとのツーショト写真を撮影しました。

ポールは後に、日本公演で一番驚いたのが、警備の人数の多さで、日本の警察官が拳銃を携帯していた事。
母国イギリスでは、警察は銃を携帯していないのでビックリしたそうです。
このとき日本の警察が携帯していた銃「リボルバー」をヒントに、次回のアルバムのタイトルを「リボルバー」にしました。

この年のサンフランシスコ公演を最後にコンサート活動を停止しましたが、世界中から届くオファーに対して映像で音楽を届けました。
これが世界初のミュージックビデオだったんです。
世界同時中継など新しい演出方法を確立したのも彼らです。

アイ・フィール・ファインという曲には、冒頭に録音機材の音が入っています。
良くアンプに電源を入れると、「ウイ~ン」とか「ビ~ン」とかの電気音が聞こえる事がありますよね。
そんな音が冒頭に入っています。
故意的に入れたと言われていますが、その真意はビートルズのみ知る、ってことなんですかね。

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