川崎中1殺害初公判 弁護側情状酌量求める 事件当初から反省

弁護側は「事件当初から反省しており更生できる」として量刑に情状酌量を求めた。

昨年2月に神奈川県川崎市の多摩川河川敷で上村遼太君(中学1年・当時13歳)が殺害された事件の初公判が横浜地裁であり、加害少年は丸刈りのスーツ姿で出廷し「間違いありません」と起訴内容を認めた。

【起訴状の内容】
「昨年1月17日午前2時すぎ、横浜市日吉の駐車場で上村君の顔面を数回殴打し、顔面打撲で全治2週間のけがを負わせた。同2月20日午前2時ごろ、多摩川河川敷で上村さんの首をカッターナイフで複数回切り付けて、出血性ショックで死亡させた」

弁護側は「当初痛めつけるだけのつもりだったが、予期せぬ偶然と逡巡(しゅんじゅん)の中で引くことができずに殺害した事件」と述べた。
逡巡(しゅんじゅん)とは、「決断できないで、ぐずぐずすること、しりごみ、ためらい」

弁護側主張の【予期せぬ偶然】とは、「別の少年がカッターナイフを取り出して少年に渡した」こと。

また【逡巡(しゅんじゅん)の中で引くことができずに殺害した】とは、ためらい、尻込みの中、引くことができずに殺害した、という意味。

つまり、「別の少年からカッターナイフを渡されたので、それがきっかけになり、ためらって尻込みしたが、殺してしまった」という主張だ。

カッターナイフを渡たされなかったら、被害者を殺害していなかった?
ためらって尻込みしたが人を殺してしまった?

ためらって尻込みする人間が、人を殺せるもんだろうか?
カッターナイフが凶器なのは事実だが、渡たされたからって、人を殺せるもんだろうか?

また弁護側は、「成育過程の中で何度も家庭内暴力を受け、暴力以外での問題解決能力がなかった」と述べた。
加害者の育った家庭環境には、酌量の余地もあるとは思うが、家庭環境が人殺しの原因には決してならない。

★ネットでの意見(意見には個人差があります)
○学生が人を刃物で切って死ぬに対して偶発的だから情状酌量とか頭おかしい
○同じ目にあわせてやりたいと思うのは自分だけだろうか
○カッターで首を切り落とそうとした奴のどこに偶然性が
○この事件の数日前に別の傷害事件起こして反省してるって示談しただろ。同じ事の繰り返し。
○金の為によくこういう事言えるよね、この弁護士も。
家族が同じ目に遭っても、同じ事が言えるのかい?
○は?ふざけんなよ!務所から出てこないで下さい

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