清原容疑者 長年の親友薬物仲間が語った 覚醒剤に溺れる日々

週刊新潮の取材によると、清原容疑者の逮捕の直接のキッカケを作ったのは、清原容疑者の長年の「薬物仲間」だったある人物A氏である。


実はこの男は、昨年からメディアに「清原ネタ」を売り込み、週刊新潮にもその依存の実態を述べていたという。


A氏は昨年6月に週刊新潮の取材に対して、「清原容疑者と6年ぶりに関係が復活したのは、20148月頃。Aちゃん、久しぶりと、いきなり電話がかかってきて、会うとやっぱりクスリの話になった。それからはほぼ毎日一緒にキメていましたね」と答えている。


A氏は競馬の予想会社や出版社などを経営していた実業家で、清原容疑者のタニマ的存在だったという。


しかし、昨年2月、覚醒剤使用で逮捕され、週刊新潮に接触があったのはちょうどその保釈中で、協力の見返りとして、弁護士費用や薬物治療費用などの負担を求めてきていた。


A氏と清原容疑者が初めて接点を持ったのは1997年、清原容疑者が巨人に入団した年の宮崎キャンプで、ゴルフをしたのが始まりだった。


清原容疑者はその時点で既に覚醒剤の使用経験があったようで、2人は、クスリの世界にどっぷりと浸かっていくことになる。


さらにA氏は「この頃の清原容疑者はセックスのためにクスリを吸っていた。

よくホテルの部屋を借りて一緒にキメていたが、彼はコトの後、前後不覚になり、ブツが散らばったままで帰ってしまう。だから自分は後に残って3時間もかけて部屋を掃除しなければならなかった。清原容疑者が結婚以降も同じで、ベロンベロンになってうちに来て、帰る前にクスリの臭いを消すため、頭から香水をかぶり始めたこともある」と告白している。


しかし、2001年にA氏はコカイン所持で逮捕される。脱税の罪で逮捕され服役した。これを機に2人の関係はいったんは途切れた。


「いやぁ、もう周りに誰もおらんねん」と、6年ぶりに清原容疑者から連絡があったのが20148月頃。

この年3月に、「週刊文春」が清原容疑者薬物疑惑をスクープし、清原容疑者の仕事は激減し、妻子とも別居していた。このころから、清原容疑者は、坂を転げ落ちていくように破たんヘと突き進んで行った。


A氏はこのころの清原容疑者についてこう語っている。

「私から見ても危ないと思えた。すぐに死ぬと口走るようになり、私と縁が切れた後、クスリは名古屋の暴力団関係者から仕入れていたと言っていたが、その男が懲役に行って調達先に困っていた。そこで私は群馬にいる、古い付き合いの密売人を紹介した」


その年の12月に清原容疑者は、親友大魔神、佐々木主浩氏の野球殿堂入りパーティーに姿を現した。


その時も清原容疑者は、3日くらい前から、毎日覚醒剤を使用していて、見る人が見れば、すぐにわかってしまう状態だったという。


152月にA氏と密売人は、突如、清原容疑者が業務提携する芸能事務所のから、本人との関係を絶つように迫られたという。こうして再び清原との関係が切れたA氏は、同月、覚醒剤使用で逮捕された後、マスコミに情報を提供し始め、警察とも接触を始めた。



さらにA氏は語っている。

「勾留の最中、いきなり刑事から呼ばれて、どうしても清原をやりたいんだ、協力してくれないか、と言われた」

「弁護士を通じて清原容疑者に、心配するな俺はしゃべらない、と伝えたが、清原容疑者は、どうぞご自由にしてください、という返事がだった」

「それで私もあいつとの関係を清算すべきと思い、すべてを話すことにした」


この情報を元に当局は「清原捜査」を徹底し、逮捕に結びつけたという。

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