週刊文春 神戸連続児童殺傷事件 酒鬼薔薇聖斗 元少年Aを直撃取材

週刊文春が、1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件で、酒鬼薔薇聖斗となのり世間を騒然とさせた、加害者の元少年を直撃取材し、写真つきで近況を報じている。


神戸連続児童殺傷事件は、1997年5月27日早朝、神戸市須磨区の中学校正門に、切断された男児の頭部が放置されているのが発見され、衝撃の事件と報道された。

被害者は、近隣マンションに住む11歳の男児で、5月24日から行方不明となっていた。


切断された男児の頭部は、耳まで切り裂かれていて、口には、「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」の名で犯行声明文が挟まれており、その残虐さと特異さから世間を唖然とさせた。


神戸連続児童殺傷事件では、2人の児童が殺害され、3人の児童が重軽傷を負っている。


最初の事件は、1997年2月10日に神戸市須磨区の路上で小学生の女児2人がゴム製のハンマーで殴られ1人が重傷を負った。


第二の事件は、3月16日に神戸市須磨区の公園で、小学4年生の女児が金槌(かなづち)で殴られ、女児3月23日に脳挫傷で死亡した。


第三の事件は、3月16日に別の小学生3年生の女児が腹部を刃渡り13センチの小刀で刺れて2週間の怪我を負った。

ナイフの刃先は胃を貫通して、背中の静脈の一歩手前で止まっていた。


そして第四の事件が524日に起こる。

通称「タンク山」と呼ばれている近所の高台で、11歳の男児が絞殺され、山頂手前にあるケーブルテレビアンテナ施設に遺体が隠されていた。


元少年は、525日に男児の首をノコギリで切断し、両目を突き刺し、さらに両方の瞼を切り裂き、口からそれぞれの両耳に向け切り裂いた。

その後、切り取った首を入角ノ池近くの木の根元の穴の中に隠した。


526日に、切り取った首を自転車の前カゴに入れて家に持ち帰り、頭部を風呂場でタライに入れてホースを使い丁寧に洗い、自分の部屋の天井裏に隠した。


527日の午前1時ころから午前3時までの間に、頭部が入ったカバンを自転車の前カゴに入れて、口に、「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」の名で犯行声明文を挟み中学校の校門前に遺棄した。


元少年は、62日の夜に第二の声明文を書いた。

事件の報道において「さかきばら」を「おにばら」と誤って読んだ事に強く抗議し、再び間違えた場合は報復する、という内容で、声明文の最後は「ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている」という文章で終わっている。

63日に投函し、64日に神戸新聞社に郵送された。


628日、警察は現場近くに住む少年に、朝から任意同行を求め事情を聞いていた。

少年は、当初犯行を否認していたが、取調官が第一の犯行声明文のコピーを取り出して、「これが君の書いたものであるのは明らかだ、筆跡が一致したんや」と言うと、声を上げて泣き出し自供を始めた。


少年逮捕によりこの事件は、マスコミが報じていた推定犯人像(がっちり体型の3040代)と異なり、犯人が14歳の中学生であったこと、連続殺傷事件であったことが判明した。


逮捕後、少年は取調官に「男児の死体の目や顔を見ながら、その首を切るのに抵抗はなかったか」と尋ねられた。

それに対し少年は「別にありませんでした。僕が殺した死体であり、いわば僕の作品だったからです」と答えた。


少年は小学校5年の時から動物に対する殺害を始め、最初はなめくじやかえるが対象だったが、その後は猫が対象になった。

少年自身が友人に、全部で20匹ぐらいの猫を殺したと語っている。


その後、1997年10月関東医療少年院、2001年11月東北少年院(中等少年院)、20043月に成人した少年は少年院を仮退院、2005年1月少年の本退院が認可される。


2人の児童が殺害され、3人の児童が重軽傷を負い、口から耳まで切り裂かれ切断された頭部が放置された、日本の犯罪史に残る残忍怪奇な事件の犯人は、わずか8年で社会に出て来た。


犯行当時14歳という年齢であったにせよ、8年という期間で更生など出来るのだろうか?


日本の少年法には賛否両論があり、このような軽い刑期の判決も多く、被害者遺族による犯人への報復事件が起きないのが不思議なくらいである。


元少年は現在33歳になっており、昨年には「太田出版」から「絶歌」という手記を出版した。

この本は、初版の10万部に続いて、さらに5万部が増刷された。


被害者の遺族は、出版社に書籍の回収を要請するも、出版社側は、少年犯罪の実態を知らせる意義があると主張して出版を続けている。


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出典http://livedoor.4.blogimg.jp/


20159には「週刊ポスト」も元少年の「実名」と「顔写真」を公開している。

今回の文春の報道に行き過ぎの声も上がる中、元少年はなぜ?手記「絶歌」を出版してしまったのだろう。


その内容は、被害者遺族の感情に配慮する事もなく、自分の犯した罪の深さを本当に反省しているのか疑問にも思える。


元少年は法的に罪を償い、現在は一般人として生活おり、本来はプライバシーは守られるべきだが、手記を出版したことにより、世間がどれだけ元少年の味方をするのか。


週刊誌の報道等が、報道の自由と、世間が知る権利、罪を償った人間の人権、被害者遺族の感情、日本の少年法の刑期の軽さ、被害者遺族ヘの保障が行われていない現実、など多くの問題提起になれば幸いだ。

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