松山英樹 米男子ツアー2勝目 野村敏京 米女子ツアー 悲願の初優勝

米男子ゴルフのフェニックス・オープンは、7日アリゾナ州のTPCスコッツデールで最終ラウンドが行われ、松山英樹が通算14アンダーで、リッキー・ファウラー(米)とのプレーオフを制して米ツアー2勝目を挙げた。


2014年6月のメモリアル・トーナメント以来の優勝で、日本男子の米ツアーを複数優勝は、3勝を挙げた丸山茂樹以来2人目。


3打差の2位から出た松山は、4バーディー、ノーボギーの67で回り、プレーオフ4ホール目で決着をつけ2年ぶりの勝利を決めた。


松山英樹は、愛媛県松山市出身で明徳義塾高校から東北福祉大学を卒業。

アマチュア時代の2011年には、日本のアマチュアゴルファーとして初めてマスターズの出場権を獲得した。


同年、アマチュアで三井住友VISA太平洋マスターズで優勝。

プロ転向後は、ルーキー最多タイの年間4勝をあげ、史上最速の16試合での年間獲得賞金2億円を突破し、史上初のルーキーイヤー賞金王となった。


米国女子ツアー「ISPSハンダ・オーストラリアン女子オープン」で、野村敏京(のむら はるきょう)が悲願の米ツアー初優勝を果たした。


3日目の最終18番で首位に追いついた野村敏京は、最終日8バーディ、1ボギーの65と猛チャージをかけ、トータル16アンダーまで伸ばし、世界ランク1位のリディア・コ(ニュージーランド)に3打差をつけ米ツアー初勝利をあげた。


米ツアーで日本人選手の優勝は、2012年のセーフウェイクラシックで米女子ツアーで初優勝した宮里美香以来4年ぶり。


野村敏京は、日本人の父と韓国人の母との間に神奈川県横浜市で生まれ、5歳で韓国に渡り高校を卒業するまでソウルで暮らす。


10歳からゴルフを習い始め、2007年に日本ジュニアゴルフ選手権女子1214歳の部で優勝。

2010年にプロ入りし、2011年の中京テレビ・ブリヂストンレディスオープンでプロ初優勝し日本国籍を選択した。


2015年の韓国女子ツアーのハンファ金融クラシックで2勝目をあげた。

今回の米ツアー、ISPSハンダ・オーストラリアン女子オープン優勝により、日韓米の各ツアーで優勝したことになる。

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