エベレスト 道しるべになっている200体以上の登山家たちの遺体

ヒマラヤ山脈のエベレストは世界最高峰で標高は8,848メートル。

多くの登山家たちを魅了してきましたが、多くの悲劇も生みだしています。


登山家であるエドモンド・ヒラリー(ニュージーランド出身)が、1953年に初登頂して60数年間で、216人もの命が奪われ、その大半はいまだにそのまま放置されているといいます。


標高8000メートル級の高山では、遺体は腐敗することなくそのままミイラ化してしまいます。


「なぜエベレストに登るのか」という質問に、「そこにあるから」という有名な言葉を残した登山家ジョージ・マロリーもエベレストで命を落としています。


1924年、第3次イギリス遠征隊の一員として、山頂を目指しましたが行方不明になりました。

彼が登頂に成功したかどうかも分からず、その死は長いあいだ謎につつまれていました。

彼の遺体は、失踪してから75年後に、頂上付近の北壁でうつぶせの状態で見つかりました。


いまだに彼が登頂を果たしたのか、はっきりとした結論は出ていませんが、遺体を発見した人物によると、「これで登っていたのか」と、当時の貧弱な装備に驚いたと言っています。



近年エベレストでは、2014年4月18日に南側で雪崩が発生し、シェルパと呼ばれるネパール人ガイドら13人が死亡する事故が発生しています。


ちょうどこの時期に、日本テレビの番組『世界の果てまでイッテQ!』で、タレントのイモトアヤコさんが、エベレスト登頂を目指す企画が進んでいましたが、この惨事を受け、現地で確保していた、シェルパを含む16人のイモト隊をサポートする予定の有力登山隊などが、次々と登頂を拒否しイモト隊も断念を余儀なくされています。


標高8000メートルを越すと、デスゾーンと呼ばれ、地上より約50度も気温が低いうえ、酸素は30%程度しかない極限地帯で、まさに死に近い場所なのです。


標高8000メートル級の山になると登山ルートのあちらこちらで遺体が放置されていて、カラフルな登山着を着たままの遺体が大量にあることから、この地は虹の谷と呼ばれています。


しかし、これらの遺体は次なる登山家にとって、登山ルートの重要な目印になっており、なかでも一番有名なものはインド人登山家のツワング・パルジャー氏の遺体です。

1996年、下山中にブリザードに巻き込まれ死亡したパルジャー氏の遺体は、その靴の色から「グリーンブーツ」と呼ばれており、北東側ルートにある「グリーンブーツケーブ」と呼ばれる岩の張り出しの目印となっています。


その他にも約200の遺体に名前が付けられ、エベレスト登頂へのランドマークとなっています。


1979年に亡くなったドイツ人女性登山家ハネロア・シュマッツ氏は、一瞬の眠気に襲われそのまま帰らぬ人となったと考えられていて、エベレストで亡くなった初の女性登山家となってしまいました。


2006年にグリーンブーツの遺体近くで休んでいる間に、凍傷が悪化し登山を続けることが困難になり帰らぬ人となった、イギリス人登山家のデイヴィッド・シャープ氏の場合は痛ましい。

彼が死ぬまで30人近くの登山家がその側を通り過ぎ、声をかけたがいずれにせよ為す術がなかったといいます。


命がけで山頂を目指し、その偉業を達成した登山家たちの影で、命を落とした多数の人たちがいて、その人たちの遺体が道しるべになっている事を考えると、なんとも言えないはかなさを感じます

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